真ジェンダー学・神名龍子伝
本質を見る目を
「EON」の「ジェンダー素描」をまとめた「性差なき男女共同参画社会」と、神名女史の伝記の「修羅としての神名龍子伝」を中心に、ジェンダーフリー思想の矛盾と、男女共同参画社会法案の欺瞞について、書いています。
今、男らしさ、女らしさの枠がなくなれば人は自由に生きられる、という言説が「ジェンダーフリー」思想のもとに流布していますが、文化としての男らしさ、女らしさを失った人間は、本当に自由になれるのでしょうか。
マルクス主義的フェミニズムでは、特に女性に対して、専業主婦は奴隷の幸福として、女らしさを捨てた「個人」として、家父長制度からくる男性の圧迫から逃れ、家事労働や母親であることからも解放され、経済力を持って自立した人間になるべき、と説きます。
しかし、お金があれば、奴隷から解放されるとしても、それは女性が自分で自分の身体を購ったことと同じことです。買い手のほうが売り手より高級だというのは屁理屈に過ぎません。
男女の関係とは、そのようなお金だけで語られるような安っぽいものではありません。
愛情や信頼で解決できる問題を経済問題に置き換えることは、愚かなことであります。愛情や信頼が欠けていることから起こる不幸を、封建制に起因させ、「男らしさ、女らしさ」を無くす運動にすり変えてはならないのです。
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神名龍子女史は、男らしく凛々しい爽やかな人ですが、人々に男らしさ、女らしさの素晴らしさを訴え、特にフェミニズムが跋扈する時代、女性に女らしさの素晴らしさやその構造を訴えるため、女装しています。
混迷の時代であるからこそ、わたしたちは、本質を見る目こそ、持たなければならないのです。
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