性差なき男女共同参画社会

神名龍子女史のHPhttp://www.netlaputa.ne.jp/~eonw/

から、重要なエッセンス部分を抜き出して、紹介したものです。

2007年12月5日

○ひな祭りの意味

(3)の、「性別による偏りにつながるおそれのある各種慣行を見直す」

では、女性学会では、「男女共同参画政策は、鯉のぼりやひな祭りなどの伝統や慣習を破壊するものである」という批判に対して、

 

伝統や慣習は不変ではなく、時代とともに取捨され改変され、今日にいたっているものです。例えば、明治初期にチョンマゲや帯刀などの伝統は放棄されてしまいました。

鯉のぼりとひな祭りに含まれていた「男は強く元気に/女は優しく美しく」と、性別と人のありかたを結びつけるシンボリズムは、今日では適切とは言えません。現在、5月5日は、すべての子どものための祝日とされています。ひな祭りも、性別と関係づけないお祝いにするのが良いと思われます。なぜ、そうしないのでしょう?

 

と回答を示した。(学会ニュース『Q&A−男女共同参画をめぐる現在の論点』日本女性学会 号外 20033月】)

http://www.joseigakkai-jp.org/newsgogai.htm

 神名女史はこれに対して、

 

 そもそも、性別と人のありかたを結びつけるシンボリズムは、今日では適切とは言えないというのは、誰の、何を基準とした判断なのか。確かにチョンマゲや帯刀は現在では無用のものとして廃止されているが、男女二分法は時代や文化の違いを越えて普遍的に存在している。

そして、多くの男の子や女の子が、端午の節句や雛祭りを「男の子」「女の子」に結び付けて理解し、なおかつそれを喜んでいる事実がある以上、それを取りやめなければならない理由は存在しない。

http://www.netlaputa.ne.jp/~eonw/sign/sign91.html

 

と再反論した。

そもそも、雛人形とは、雛人形は祓(はらえ)用の天児(あまがつ)・這子(ほうこ)と、「ひひな遊び」のお人形が一緒になったものである。

古代中国では3月の最初の「巳の日」に厄払いする習慣があった。それが日本にも持ち込まれ、やがて、上巳の節句として、幼子の病気や災厄を払い、無事に成長できるようにと願って、人の形の「ひとがた」を川に流す行事となった。昔は子どもが無事に成長することは大変難しいことだった。天児(あまがつ)は男児を表わし、這子(ほうこ)は女児を表すとされ、昔は共に子どもの枕元に置かれて厄を乗り移らせるものとし、あるいは子どもがそれで遊ぶおもちゃの代わりにもなった。

やがて、人形を美しく作る技術が発達してくると、貴族の少女たちが「ひひな遊び」するような人形になり、「ひひな」と「ひとがた」が結びついて、今日の「ひな祭り」になり、江戸時代には、平安時代の宮廷を模した立派なものになった。

 

伝統行事は、単に古いから守るものではない。 

ひな祭りとは、子どもの無事な成長、分けても女児が健やかに生きて、子孫がその先も繁栄するようにとの、両親の願いがこもったものであり、先祖代々がこのような思いを持って生きてきたことを象徴するものである。こういう行事の軽視は、命が自分だけのものであり、次代へつなげるものではない、という軽佻浮薄なものの考え方につながるものである。

ひな祭りがなぜ、女の子にとって大事な行事かというと、それは、「特に命の大切さを伝える」行事であるからだ。これを「男女平等」の名の下に見直しすることは、伝統の否定にもつながることである。 

命の大事さこそ、次代を担う子どもたちに伝えなければならないことである。

また、端午の節句に武者人形やかぶとを飾るのは、男の子にとって勇ましいことが美徳であり、時代が変わっても美徳の質は変わらないからである。

ラディカルフェミニズムの本質は、男女の性差を無視するあまり、女性の本質である「母性」を蔑ろにすることにある。

このような態度が「ひな祭り」を軽視につながっている。フェミニストの人たちは、しばしば、母性を軽視する発言をする。

内藤和美女史は「女性学をまなぶ」において、母性の特徴である「無私の愛と献身」を疑問視し、

 

 人が親になること、子どもに成熟した愛を注ぐことを可能にする人格的な基盤は、決して「無私」になることではなく、親自身の自分の確かさ、ナルシズムではない自己肯定・自己受容である。

 

と述べ、「母性」という言葉に代わる「次世代育成力」あるいは「育児性」という言葉を使うことを提言する。

 しかし、それは大変浅薄な考え方である。

人には、時には自分のことを忘れて、家族や大事な人のためだけを考える瞬間がある。わたし自身もそのような愛情を受けた結果、今こうして存在している。

わたしたちは、先祖から受け継いだ伝統文化をより良い形にして、子孫に残すべき義務があるのではないか。男女共同参画社会法案を認めることは、先祖が築いた文化を崩壊させ、次代を担う子どもたちに何も手渡さないでおくことと同義ではないのだろうか。

 


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