性差なき男女共同参画社会

神名龍子女史のHPhttp://www.netlaputa.ne.jp/~eonw/

から、重要なエッセンス部分を抜き出して、紹介したものです。

2007年12月5日

○「毒ダンゴか絵に描いた餅か」論争

 GID特例法が成立したのは、神名女史が作成した公式見解が保守派の政治家に受け入れられたからだ、とも言われた。

神名女史は、GID特例法を成立させるために必要なこととして、一方的に自分たちが「正義」で、理解してくれない社会を「悪」とするのではなく、当事者が「あれも認めろ、これも認めろ」と一方的に社会に押し付けるのでもなく、異なる意見をすりあわせて社会的合意が成立するような「落しどころ」を見つけるべきだ、と説明した。

しかしながら、神名女史の意見は、一部の当事者から「国民的コンセンサスにこだわりすぎる。多くの普通の人たちは、性的マイノリティの気持ちを理解できないので、これでは多くの当事者を救えない」とする批判が多かった。

 GID当事者ではないが、シンパであり、フェミニストの北原みのり女史は、著書「ブスの開き直り」の中で、

 

 でも。本当にこれって必要な法案(GID特例法)なの?セクシュアルマイノリティが生きやすい社会を!性別にこだわらず自分らしく生きていける社会を!というのがセクシュアリティ系運動の根幹にあると思っていたけど、今回の法案って逆、行ってない?ほら、自民オヤジがやることなんて大概ろくでもないんだからさ、用心しなくちゃね。(中略)

 それにしても誰も、「戸籍上で性別を申告する必要はない、っていうか戸籍なんかいらない!」と騒がないんだね。戸籍で女・男をハッキリ区別してることに違和感を感じるよ、と思うのは少数派だったのかな。そんなこと言ってるから、左翼はショボイんだ、現実的じゃないんだ、って感じなんでしょうか。

(中略)

今回の法案だって、本当に当事者の都合を考えているのか、本当にセクシュアルマイノリティへの暖かい視線があるのか、と考えると疑問。

(中略)

男枠・女枠は想像以上に強固。その枠組みを壊すことなんてできないから、とりあえず変えられるところから変えていこう、と言う考えもあるかもしれない。はじめから贅沢しちゃいけない、徐々に徐々にゆっくりと目的を叶えていくんだ、という方法論もあるかもしれない。でもねぇ。(中略)

同じことを言っていても、見えている世界は、真逆というのはよくある話。政府の思惑と当事者の思惑が一致していると思えないし、ましてや、男女の枠組みに異を唱える類のフェミであれば、冗談じゃねーよ、という法案でしょうよ。 

 

と述べた。

このような意見に対して、神名女史は

 

ところが先週、大坂の八尾市生涯学習センターで開かれた講演会では、講師として招かれたGID当事者が、戸籍廃止論や、男女の区別はおかしいという話をしていったという。まさに「結婚や家族の価値を認めないジェンダーフリーは文化の破壊につながる」を地で行くような主張である。こんな主張がGID当事者の代表意見だと認識されれば、自民党が「特例法」改正の要求をのむことは、とうてい期待し得ない。この当事者の名は敢えて伏せておくが、時代逆行もはなはだしいというより他にない。

 現在では、ジェンダーフリー等の左翼思想によって「特例法」改正を実現できる可能性は皆無である。言い換えれば、ジェンダーフリーのような思想を取るか、それとも「特例法」改正の実現を目指すかということは、けっして両立し得ない択一問題になっている。

 

もちろん各人の思想・信条は個人の自由である。現に「性差否定のジェンダーフリーには与しない」という公式見解を、いつの間にか廃してしまった団体すら存在する。「特例法」改正よりも、ジェンダーフリーや革命ごっこの方が大事だと、多くの当事者が考えているのなら、それも一つの選択である。もちろん、それによって生じた結果は、自己の責任で引き受けるべきものであり、あとから逆恨みまがいの不満をいうべきではない。(ジェンダー素描108・特例法改正の条件)

http://www.netlaputa.ne.jp/~eonw/sign/sign108.html

 

と、きわめて現実的な対応をした。

GID特例法は、従来の家族制度を崩さないことを前提にして、保守派の理解を得て成立した法案である。しかし、それゆえ、

「性別にこだわらずに自分らしく生きる道を模索すべきではないのか」という批判があった。

また、「毒だんごか絵に描いた餅か」とも呼ばれる論争も、当事者から出てきた。ある人は、

 

トランスジェンダーの当事者でありながら、ずっとジェンダーフリー批判の言説をウエッブ上で発信し続けている神名龍子さんという方がいます。
 (
中略)

性同一性障害の当事者の一部には、男女二元論を絶対視し、既存の男らしさ女らしさの枠組みをとても固定的に考える人たちがいます。

 世の中のジェンダーの枠組みを変える必要はなくて、既存の枠組みにどうやったら自分を合わせられるかを最重要の関心事とする人たちです。私に言わせれば、男女二元制への徹底的な従属ですね。

 こういう考え方と、男女二元制と既存の男らしさ女らしさの維持を主張してジェンダーフリーバッシングをしている「ジェンダー保守派」の人たちは、思想的に案外通じ合うところがあるのです。

 

 TS原理主義は、当事者の間では極端な意見と思われて孤立していました。TS原理主義の人たちも自分たちが「ジェンダー保守派」の人たちと通じ合うとは思っていなかったでしょう。ところが、あるタイミングで両者が互いの共通性を認知しはじめた。それが戸籍の性別変更法案問題だったのではないかと思うんです。

今回の法案(戸籍の性別訂正に関する与党の骨子案)を成立させるためには、自民党に多い「ジェンダー保守派」の怒りを買わない形で運動を進めることが大事であり、そのためには、人権とかジェンダーフリーとか、フェミニズム的な考え方を当事者が表明するのはやめましょう、という動きが最近になって当事者の間に顕著に出てきました。

 言い換えると、私たちは、自民党の先生方が大切に考えている既存の性別秩序や家制度に逆らうわけではありません。決してジェンダーフリーではありません。だから、どうぞ私たちを守る新しい法律を特別に作ってくださいということです。それが急激に1つの流れになってきています。(中略)

このような一部の性同一性障害の当事者の動きは、八木さんたちがターゲットにしているジェンダーフリー運動やフェミニズム、あるいはゲイ・レズビアンの権利運動、そして私たちのような多様性と性別選択の自由に基盤を置くトランスジェンダーの運動から、まったくかけ離れた方向に行ってる気がします。

 結果的に、八木さんたち「ジェンダー保守派」を利する動きになるという批判が出てきても仕方がないでしょう。(中略)

 

ただ比喩的に言えば、すごくお腹を空かしている人の前に、お代官様がダンゴを差し出したら、「食べるな」と言っても無理でしょう。まして、脇からそれほど飢えてはいない私が「そのダンゴは腐っているから食べちゃあいけない」とは言えない。

 とは言え、そのダンゴが食べた本人だけでなく、私も含めて周囲に悪い影響を及ぼす毒ダンゴであっても黙っているべきなのか。そうしたジレンマがすごくあります。(中略)

要件にクレームつけるのなら法案そのものが潰れるよみたいな与党筋の脅しにあまりにも早く屈しすぎたのではないでしょうか。ロビー活動された方たちの苦渋を承知で敢えて言いますが、もっとギリギリ最後まで粘って交渉すべきだったと思います。一緒に運動してきた仲間を切り捨てるというのは、それだけ重いものがあるはずです。

http://www.medical-tribune.co.jp/ss/2003-7/ss0307-4.htm

 

 として、名指しで神名女史を批判した。ここでいう「毒ダンゴ」とは、人々が自由に生きるためには、男女二元制に囚われず、ジェンダー(男らしさ、女らしさ)の枠を変え、「多様な性がある」社会を目指すべきなのに、GID特例法実現というダンゴを食べたいがために、既存の性別秩序を守るという「毒」がダンゴに入っていても、必要に迫られて食べることを意味する。

 

 神名女史の公式見解を、「毒ダンゴ」とすることに対して、同女史は、

 

「ジェンダーフリー社会」というのは一種の「理想の世界」であろう。(中略)

「理想の世界」である浄土とは、どんなところか。これは「極楽」の文字通り、「苦楽」の内、「楽」の極限の世界であるとしか言いようがない。この「極限」というのも「形式」である。極楽が具体的にどんな世界かという「内容」はないに等しい。説明はあるのだが、けっきょくは例えば「恢廓曠蕩にして限極すべからず」(大無量寿経)と、「形式」に戻ってしまう。

 これは「極限」という「形式」が持つ宿命だろう。具体的な「内容」を示せば、「それよりも素晴らしい世界」という概念が、少なくとも抽象的には発生しうる。だから、浄土なら浄土が「理想の世界」であることを絶対化するためには、具体的な説明が出来ない。まったく説明しないと説得力がないから、それなりの説明はあるのだが、けっきょくは「内容」を放棄して「形式」だけの世界として言うしかなくなる。つまるところ浄土とは、「極限という形式」であろう。他の「極限」との区別は、前提に「弥陀の本願」という大文字の「Fiction」が置かれているかどうかの違いによってつけるしかない。「形式」の「内容」を問うのは、問い自体が矛盾した問いなのではないか。

(中略)

見る人が見れば、そういう種類の思想が提示する「理想の世界」が、「絵に描いた餅」にしか見えないのは当然であろう。(りゅこ倫・浄土と理想世界)

http://www.netlaputa.ne.jp/~eonw/lrin/lrin43.html

 

として、ジェンダーフリー思想そのものを、具体的な内容に欠けた「絵に描いた餅」と断じた。

性別にとらわれない生き方を望む人には、「男らしさ、女らしさ」そのものが「毒」であり、GID特例法実現のために、毒の入ったダンゴでも食べなければいけない、というのは典型的なジェンダーフリー思想である。

だが、「男らしさ、女らしさ」というのは、毒ではなく、むしろ、文化を発展させるために必要な要素である。これを毒とするジェンダーフリー思想は、なんら具体性の無い「絵に描いた餅」なのである。

 

また、「社会的なコンセンサスにこだわりすぎる」という批判に対しては

 

社会的合意が得られるという事は、ある提案(たとえば当事者の希望)に対して、それを国民が認める・認めないというような、単純な話ではあり得ない。そうではなくて、この問題について異なる見解を持つ人達が、お互いの考えをすり合わせた上で「まぁこの当たりが妥当であろう」という合意点を見出すということなのだ。しかし、私がこの数年間に渡って当事者の意見を見てきた印象では、すべてではないにせよ、異なる考え方をすり合わせるという概念を持たない人があまりに多すぎるように思う。一方的に自分達の希望を押しつけるような言動が目に余るのである。 

私自身、これまでに様々な分野の非当事者の方々から「そういう意見なら判る」とご理解を頂いているが、その一方で、一部の当事者からは私に対して「神名の意見は当事者に対する妨害だ」という声が陰に日にあがっていることも知っている。だがそういう当事者に限って、「自分達の希望の一方的な押しつけ以外の代案を持っていない」という事も、残念ながら事実である。

こういう連中は、ものごとを基本から考える頭脳を持っていないから、ちょっと原理的な話になると、それだけで自分達の主張が根底から覆されるような危機感を持ち、過剰にヒステリックな反応を示すので、すぐ判る

(りゅこ倫・社会的合意とは何か)

http://www.netlaputa.ne.jp/~eonw/lrin/lrin72.html

と反駁した。

 

 トランスジェンダーの中には

「ジェンダーフリーの社会になれば、男性が女装する自由が保障される」という人もいて、事実、各地の自治体での男女共同参画社会の基本理念に、性同一性障害の人たちの人権を保障する一文が盛り込まれていることもある。

 しかし、その一方で、フェミニストの上野千鶴子女史は、「バックラッシュ!ジェンダーフリーはなぜ叩かれたのか) 

http://www.excite.co.jp/book/product/ASIN_4902465094/

のインタビューで、

(前略)「ジェンダーフリー教育」がとりあげたセクシュアル・マイノリティの人びとが、ジェンダー秩序、すなわち性別二元制から解放された自由な人びとだと、私はまったく思わないということです。ヘテロセクシズムも、ホモセクシュアリティも、トランスジェンダーも、性別二元制のさまざまな効果にすぎません。

 ジェンダー秩序がなければ、同性愛も存在しないし、トランスジェンダーも存在しない。だからこそ、ジェンダー秩序の解体が、共通の目標になりえます。

として、ジェンダー秩序を解体すること、つまりジェンダーレスこそ共通目標だとした。

 ジェンダーフリーとは、性別概念を消し去ることなので、「女装」という概念はない。上野女史の言い方だと、マジョリティからは性別概念を消し去っても、性的マイノリティだけが性別概念を持っている状態になり、性的マイノリティの人々が差別を再生産している、と言っていることになる。

   

 フェミニストたちは、性別を相対化もしくは否定するために、ジェンダーフリー推進運動にセクシャルマイノリティの人々を取り込むケースがある。

 しかし、セクシャルマイノリティの大半のカテゴリーは、同性愛であれ性同一性障害であれ、男女の区別を前提としているため、性差を否定したがるフェミニズムの理論とは本質的に相容れない存在である。

 また、上野女史のように、ジェンダーフリー推進派であるフェミニストが、トランスジェンダーの人たちを「性別による役割の固定を促す存在」だとして、逆に批判する、という事実も一方で存在した。

 

 戸籍を変更したい人々と、その気持ちがなかなか理解しがたい保守派の人々が対立する時、その落しどころとして有効だったものが神名女史の「公式見解」だった。「男女の違い」を認めるからこそ、「トランスジェンダー」は存在意義がある。なお、GID特例法は2003年に成立した。

 


  • ○多様な性という幻想
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