神名龍子女史が、「フェミナチを監視する掲示板」に投稿した記事を再構成しております。

長い記事は個別の単元にしています。

 

○男のお洒落は女性よりも贅沢である

男のお洒落は女性よりも贅沢である(1)

 

 日本のビジネスマンの衣服を、「ドブネズミルック」と呼ぶことがあります。日本のビジネスマンは、誰もが同じようなグレー系の個性のないスーツを着て、地味なネクタイをする、と言われたものでした。

 紳士服は個性がなく、野暮ったく、みんな同じに見えるのに、女性はさまざまなファッションを楽しめ、色彩あふれる服装ができるということで、メンズリブでは、

「男性こそ抑圧されている。男性も女性と同じように、派手な衣服を着る権利を求めるべきだ」と主張する人もいます。

 しかし、この考えも底が浅いものなのです。女性が男性のように振る舞うことが、真の「女性解放」にならないように、男性も女性と同じような衣服を着れば「お洒落」になるわけではないのです。

 スーツとは、イギリスの貴族の美意識によって磨かれ、洗練されてきた歴史がありますが、男性の美意識とは、「主張しない」ということにあります。

 紺色やグレーの良質の生地で仕立てたスーツは、一見地味ですが、カフスやボタン、ネクタイでアクセントをつけます。

 地味な色を着ますので、良質の生地でなければその魅力が出ないのです。スーツとは、生地の良さが勝負なのです。

 神名龍子女史は、

 

 紳士服についての基本は、生地の良さに加えて、仕立ての良さです。

上流階級では、吊るしの背広なんてもってのほかです。どんな高級生地を使っても、吊るしの背広では意味がありません。

 さらに、流行を追うモード服ではなくて、自分のスタイルを持っていることが大事です。 

ですから紳士服とは、実は自己主張の服なのです。どれも同じように見えるスーツですが、伊達者は自分のスタイルを確立しているのです。

 そのときにやってはいけないことが、一点豪華主義に走ることです。

たとえば、江戸時代は何度か倹約令が出て、派手な格好ができなくなった裕福な町民は、雪駄だけは良質なものを履いたり、裏地に凝ったりするという「一点豪華主義」を採用しました。

  しかし、この法則を紳士服の世界に持ち込むと、「コーディネートが出来ていない」という否定的な評価になるのです。

 高価なスーツが買うだけの経済力がなかったら、靴も腕時計もスーツに合わせて釣合いをとるほうが、ずっと上品です。服装が安っぽいのに腕時計だけ高価にすると、無理が感じられて、成金のような服装になってしまいます。

それでも何か高価なものを身につけたいのであれば、スーツの中に着るシャツは、良質な生地でよい仕立てのものを着ることです。良質なシャツを購入しても、高級スーツを仕立てるよりは安いはずです。

シャツは、色もデザインもシンプルなもので、こまめに洗濯をして、襟や袖口にアイロンを利かせることが大事です。見る人が見れば、ブランド物のスーツよりも良い評価を得ることが出来るでしょう。

 また、スーツの手入れも大事です。クリーニング屋に出すのではなく、上着が型崩れしないようなハンガーにかけて、洋服用のブラシをかけます。2、3着をローテーションで着回して、どのスーツも均等に休ませることも大事です。

 高級な生地ほど、動物の毛などを使っていて、その毛には油分を含んでいます。だから頻繁にクリーニングに出すと、その油分が抜けてしまって、かえって生地は劣化してしまうのです。

 長年きちんと手入れをして整え続けたスーツには、独特の味が出ます。これはどんな仕立ての名人にも新しく作ることが出来ないものとして、評価の対象になります。

 とびきり高級品は手に入らなくても、スーツもシャツも、手間を惜しまなければ、ちゃんと見る人は見ているものです。それがわからない者が、日本でいう「野暮」扱いされる世界ですから、金にものを言わせるより、基本的なポイントを押さえて的確な演出を狙うべきなのです。

と述べています。

 男性の衣服は、「華美にしてはならない」のではなく、「華美に見えないけど、見る人が見たら華美」なものです。

 安い生地でも、柄やデザインでごまかせる女性の衣服より、生地の良さと仕立ての良さが勝負である紳士服のほうが、ずっとお洒落で贅沢であり、生地で勝負するだけに、女性よりも男性のほうがお洒落で贅沢ができるのです。

 また、メンズリブでは、

「女性の肉体美は称えられ、エロスの対象となるが、男性の肉体美は無視される」

としばしば言われますが、オリンピックで百メートルを9秒台で走る、多くは黒人であるランナーの肉体美は誰もが賞賛するものです。    

また、ブルース・リーの伝説的な肉体美や、アクション映画の主人公であるシュワルツ・ネッガーなどの肉体美も語られるものです。

神名女史は

男性のスーツも、実は男性がその肉体美を誇ることを放棄することで生まれたのではなく、逆に男性の肉体美に価値を置くことに由来しているのである

もちろんそれは、ナマの肉体をさらすことではあり得ない。そうではなくて、男性のスーツは肉体美の演出の装置なのである。

と述べていますが、スーツこそ、男性の肉体の美しさを演出するものであり、没個性的なドブネズミルックなどではないのです。

かつて、ホワイトカラーの割合が少なく、サラリーマンが憧れの職種だった時代は、人々は、仕立て屋で身体に合ったスーツを作ったものでした。

 しかし、産業の構造が変わり、ホワイトカラーの人口も増えてくると、既製品のスーツを買う人が多くなり、そうなると、身体に微妙に合わなかったり、みんなが同じような服装に見えたりして、スーツが没個性的な衣装になってしまいました。

 本来は贅沢な衣装であるはずのスーツが、「平凡でつまらないドブネズミルック」と呼ばれるようになったのは、人々が、本当の意味でのお洒落心を失ってしまい、お洒落といえば女性を模倣することだ、と思うようになったからのことで、これもある種の「男らしさの衰退」と言えるでしょう。

 

 

 

男のお洒落は女性よりも贅沢である(2)

 

 メンズリブでは、しばしば、「男性も女性のように華やかに装う権利がある」として、スカートを奨励したりしますが、その根拠として、

「近代以前の男性は女性よりもお洒落であり、近代になってから男性は女性を美しく装わせたが、男性自身は美を見失い、美しい女性を所有する存在となり、強くあらねばならないと男らしさを押し付けられ、抑圧されるようになった。

こうした差別をなくすためにも、男性も女性のように美しく装う権利や女装する権利を取り戻そう」というのがあります。

渡辺恒夫氏は、著書の「脱男性の時代」の中で、近代以前は

「ヴァロア朝やブルボン朝の絶対王政時代、貴族の男性たちは、別段女性化しているなどと見なされることなしに、ロングヘアの鬘をかぶり、爪を磨きハイヒールをはき、同じ階級の貴婦人たちにひけを取らぬほど華麗に着飾ることができた」が、

「身分を基とした社会から私有財産を基とした社会への最終的転換であったフランス大革命が、同時に『長ズボン(サン・キュロット)族の勝利』と言われるように、男性のモードの終幕となった」

として、近代以後は、

「女が自在に多様なファッションを着こなし、男が画一的な服装に縛り付けられている」と述べています。

 また、男性の裸体は女性より美しいと見なされたとして、

「実際、ギリシャ・アルカイック期からミケランジェロに至るまで、絵画と彫刻とを問わず、西洋美術の中心にあったのは、男性裸体だったのだ。

(中略)当時の女性が重々しく衣をまとい、足首まで肌を隠していたのに対し、若い男性は脚まるだしの短衣しかつけなかったし、ギリシャでは体育競技は全裸で行うのが慣例だった」

として、近代以前は男性が、肉体美・脚線美を誇っていた次代があったとしています。

 

 また、日本においても、

「平安朝の貴族たち、そして貴族の少年たちは、化粧し描き眉をかき、袖には香を焚きこめて貴婦人同様に装った。(中略)

 元禄の世を迎える頃には、若衆、すなわち10歳代の少年のモードは極めてアンドロジナス的になった。(中略)若い娘のそれに似た色柄の、現代の男物の着物よりはるかに華やかな、振袖の着物が流行した」が、これもまた、近代化を迎え

「明治維新以後の急速な欧化と近代化にともなって、突然の変化が生じる。男子化粧の風習は完全に捨てられる」

として、男性の身なりが急速に地味になると述べています。

 ヨーロッパなら近代以前、日本なら明治維新以前の男性は、女性と見まごうばかりの派手な衣装を着ていたのでしょうか。近代になってからは、男性は、美しく装う権利を消失して女性に譲り渡したのでしょうか。

 神名女史は、

 

渡辺の主張では、男性が身体を露出しなくなったのは近代以降であって、それ以前のヨーロッパでは男性が脚線美を誇っていた時代があったのに、フランス革命以降は男性がキュロットを履かなくなり、労働者や兵士として身体の美を誇ることがなくなったのだということになっています。

つまり、男性は近代になって身体の美を誇る権利を奪われたのだ、としています。

そして日本についても、江戸時代の若衆の絵を示して、男性は女性と見まがうような恰好をしていたなどと書いています。

 

 でも、実はこれはウソなのです。若衆姿は、江戸時代の中でも元禄などの華美な文化の産物であり、また地域的にも階級的にもきわめて限られた現象に過ぎません。

例えば、江戸を中心として栄え、地味に見えても、裏に華美をこらす「粋・通」が尊ばれるような、いぶし銀のような化政文化において、一藩を挙げて貧乏していた田原藩(愛知県・渥美半島)のようなところで、このような風俗が見られたはずがありません。

また当時の日本の人口の過半を占めていた農民男性にも、このような華美な風俗はありませんでした。

 

 逆の例ならいくらでも挙げられます。平安時代の十二単の華やかさに対して、同時代・同階級の男性の衣冠束帯の地味さはどう説明するのか。

若衆歌舞伎や野郎歌舞伎よりも以前に、出雲阿国に始まるとされる女歌舞伎が、時の政権に目をつけられて禁止されるほどに隆盛したのはなぜか。

婚礼において衆目を集めるのがどちらの性であったか。吉原その他の遊郭の花魁の華やかさと「買う・買われる」という売春における男女の非対称性が、近代以前の時代である江戸期にも見られるのはなぜか、等々。

渡辺が挙げる男性の華美な装いと、私が挙げる逆の例とで、それぞれの時代においてどちらが例外的存在であったのか、ということですね。

 もちろんこれは日本だけの話ではありません。西欧の貴族の男性が華美な服装をし、その脚線を露わにしていたというのなら、当時の農奴がどのような姿をしていたのか、また地主貴族と農奴の人口比にどれほどの開きがあったのかを検証してみればよいのです。

西欧であれ日本であれ、華美な服装をした男性がそれぞれの社会で占める割合は、むしろ近代以降、現代の方がずっと高いはずです。

しかし渡辺は、このように東西の歴史の中から、自説に都合のよい例外だけを抜き出して読者に示し、いかにもそれが当時の一般的な風俗であったかのように示すのです。

 

と述べています。ごく一部の例外的な事例をとりあげて、それがすべてだと思わせるのは、ある種のトリックでもあります。

 ごく少数の例外であるヨーロッパの貴族や、江戸時代の若衆を別とすれば、一般的には、女性のファッションのほうが色彩豊かであり、男性は「主張しないことがお洒落」という傾向が、どこの国でもありました。

 この非対称はどこから出たものでしょうか。

 神名女史は、

 

 男女の「見る・見られる」という非対称な関係を押さえておく必要があります。

「見る・見られる」と書くと男性が能動的で女性が受動的ともみえますが、女性の側も「見られる」事を意識した上で、化粧をするとか洋服を選ぶなど、いかに「見せる」かに気を遣います。つまり「見る・見られる」は同時に「見せられる・見せる」でもあって、どちらにしても非対照的な構造であることには違いありませんが、どちらが能動的でどちらが受動的だと固定して見ることは出来ません。

また多くの女性が、より美しくなる(よりよく見られる)ことに、幸福の一条件を見出そうとする指向を捨てない限り、この非対照的構造から降りることは不可能でしょうし、けっしてジェンダーレベルの何らかの性差がなくなる事もありえません。

http://www.netlaputa.ne.jp/~eonw/sign/sign13.html

 

と述べており、多くの女性が男性に綺麗だと見られることに幸福を感じる指向を持つゆえに、男女の意識の違いが服装の違いにも現われるのです。

 メンズリブやジェンダーフリーでは、男性と女性の性差を無視し、男性がすることと同じことを女性がすることが平等だとしたり、女性と同じような服装を男性ができることが平等だとしますが、これは履き違えたことであり、性差を相対化したものです。

 男性と女性は社会的・政治的な権利は平等であるべきですが、性差は明確にあります。 

ファッションは、男女のエロスに基づいて違いが出来たものであり、それを無視して、男女の服装を同じようなものにすることは、元々の性差を無視した発想なのです。

 

ところで、服飾史においては、男性のファッションは、「フランス革命において変わった」とする説を、よく見聞きします。

これは、フランス革命の時代、革命派は貴族の象徴であるキュロットと白い絹靴下ではなく、下層民の服装である長ズボン(サン・キュロット)を履き、この革命派ファッションが、1830年の7月革命と1848年の2月革命を経て、パンタロンと簡便な上衣に発展し、市民階級の服装として定着し、さらにブルジョア階級にも広がって、現代的な洋服に進化した、とする説です。

この通説は本当なのでしょうか。神名女史は、

 

ここでよく誤解されるのが、上でも紹介されているような、フランス革命で男性の服装が変わったという説です。

 服装史を少しだけかじった人なら目にしたことがあるでしょうし、知識がなければそのまま鵜呑みにしそうな話なのですが、スーツがイギリス起源の服だということさえ知っていれば、あとは中学生程度の世界史の知識でも、すぐにウソだとわかる話です。

 そもそもフランスで革命が起こったからといって、なぜイギリスの上流階級がフランスのブルジョワの服を着なければならないのでしょうか?

 

中世の貴族の服装が後の(つまり現代の)スーツへと変化して行く上で、最も重要なことは、立体裁断・縫製の技術の誕生です。これによって初めて服装を、肉体の表面に沿ったものに作り上げることができます。

つまりよく出来た服というのは、着る人の肉体をそのまま写し取ったかのような、曲面を形成するのです。

 近代以前の時代の服は、おとぎ話の王子様の服装のように、肩や腰回りが膨らんだものでした。そうして余裕を持たせないと関節が滑らかに動かないからです。布の面積がムダに大きくなる分、装飾も過剰になるのです。

 しかし立体裁断の技術が登場して以降の紳士服は、いわば「肉体の暗喩」ですから、ゴテゴテとした装飾も省かれてゆく方向で変化します。服装の近代化は、紳士服の方が先行し、婦人服がその後を追う方向で変化します。

 また前述のようにスーツの発祥はイギリス上流階級ですから、市民革命などとはいっさい、関係ありません。

イギリスの貴族は、乗馬をこなし、馬上で剣や槍や弓を使いこなさなければなりませんので、どうしても服装に動きやすさ=機能性を求めます。スーツは、その点からも動きやすさを満たしたものでした。

ブルジョアにはそんな激しい運動は必要ありません。アウトドアでの機能性を求めるのは貴族だからこその要求です。

 もしスーツを動き難い服装だと思っている人がいたら、それは身体に合わない、安い既製服しか着たことがない人の偏見です。

007シリーズで、主役のジェームズ・ボンドが、タキシード姿でアクションシーンをこなすのも、身体に合うように作られたタキシードが動きやすい服装だからリアリティがあるわけです。ジェームズ・ボンドは海軍中佐ですから、当然それくらいの服は持っているはずで、身体に合わない間に合わせの貸衣装ではあり得ません。

 

一方、婦人用のスーツは、男性用のスーツを模倣して、20世紀になってから登場しました。

そもそもひらひら、ふわふわした婦人服よりも、肉体の表面に生地をきっちりと沿わせて曲面を作るスーツのほうが、見た目のシンプルさに反して(むしろシンプルだからこそ)技術的にはずっと難しい「凝った服」です。今でも本当に高級な仕立ては、ジャケット、ズボン、ウエストコート(ベスト)をそれぞれ専門の職人が分担するほどの高等技術なのです。

 それを下層のブルジョアに由来する服だというのは、洋裁の知識もなく、吊るしの背広にしか縁のない者の「知ったかぶり」に過ぎません。もしくは、そういう人の意見を鵜呑みにしてしまった受け売り屋さんに過ぎず、いずれにしても服装を論じる資格があるとは思えません。 

 また、メンズリブでは、しばしば、「男性は女性と違って地味な色の服しか着られない」と言いますが、派手な色のスーツを着こなせるのなら、やってみればいいのです。

ちゃんと似合う着こなしができるのなら、周りから文句なんか出ません。赤系のベルベットのスーツを着て、「似合う」と賞賛されるようなら、それなりにたいしたものです。

もっとも地味な色の服でさえ、着こなせなければ、無残に野暮ったくなるだけです。こういう愚痴が出るのは、当の本人が日頃、着こなしに無頓着か、勘違いした着こなしをしているのでしょう。性別の問題ではなく、個人的なセンスの問題だと思います。

 ましてや、ストライプ柄、特にピンストライプのスーツをうまく着こなせない人は、妙に野暮ったくなったり、柄が悪くみえたりします。それは服が悪いのではなく、本人が悪いのです。

文句を言う前に、どれだけ着こなしの工夫をしたのか、そちらの方が問題でしょう。

 

と述べています。

 スーツとは、身体を動かすことが多い上流階級の生活の必要性からも生まれたものであり、下層階級に由来するものではありません。

 しかし、このような誤解が生まれるのは、フランス革命を契機に近代国家が生まれたとするマルクス主義史観に、多くの方が影響されているからだといえます。

 そして、その「近代」なるものを、男性が美しさを見失い、女性に美を要求して男性が美しい女性を所有するものとして、男性と女性が対立する構図を描き、男性解放を呼びかけるのが、誤まった服飾史を背景にしたメンズリブでもあります。

 

 


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