

教育基本法と教育勅語にみる愛国心とその作法(3)
2004年、鹿児島県の川辺町教育委員会では、小中学生向けに発行した冊子「知っておきたい名句・名文集」の中に「教育勅語」を収め、町内の全小中学生を始め子ども会やスポーツ少年団の指導者らに配布するということがあって、話題になりました。
しかし、これは批判が相次ぎ、この冊子は回収を余儀なくされました。
この冊子は、単に読むだけではなく、
「小学5年生の娘がいる50代の保護者は、冊子に教育勅語が載っていたので驚いた。
娘は担任の先生から『毎日家で音読し、覚えなければテストする』と言われた。子どもに配る冊子に入れるのはおかしい、と指摘した」
ともされています。
教育勅語は、かつては日本人の徳育教育の根幹を成すものとされておりました。
とはいえ、今は使われない文語体で書かれておりますが、この点はどうなのでしょうか。
神名女史は、
もしこれが事実だとしたら、さすがに行き過ぎではないかと思いますし、小学5年生がいきなり読んで理解できるとも思えません。
小学生に対する過激な性教育について「子供の発達段計を踏まえていない」という批判があるのと同じような「飛躍」を感じてしまいます。
それは教育勅語の内容の賛否についての問題ではなくて、小学生に漢文を教えてテストの対象にするということがおかしいわけです。
ここまでやったら指導要領を無視したと言われても仕方がありませんし、そうすると卒業その他の学校の式典での「日の丸・君が代」を無視する教師が出ても、指導要領を根拠に批判することもできなくなるわけですね。
こういう「やり過ぎ」はかえって保守派の自殺行為ではないでしょうか。
と述べております。わたし自身の個人的見解としましては、細かく説明すれば、小学生でも理解できるとは思いますが、指導要領を無視してはいるとは思います。
卒業式の式典で国旗掲揚・国歌斉唱を無視する教師に対して「指導要領を無視した」と処分しているので、ここで指導要領に従わないことについては、問題はあるとは思います。
しかし、かつては、国民の道徳教育の根幹を成してきたものであり、文体も今は使わない文語体ゆえに、美しく簡潔であり無駄のない文体であり、内容もうなずける部分をおおいに含んでおります。
これを頭から否定するのは如何なものでしょうか。
神名女史は、
ただし、これが過激な性教育と違うのは、その内容については子供に教えて害になるものではない、ということです。この点は明らかに違います。
ですから教育勅語にどんな意味のことが書かれているのか、それを説明することには問題はありませんし、そういう意味で、最初から子供たちに読ませてはいけない、どんなことが書いてあるのか教えてはいけないというのは、おかしなことです。
教育勅語を批判するにしても、何が書いてあるのかを教えずに否定するのは、それこそイデオロギー教育以外の何ものでもありません。
子供たちの自主的に学ぶ力に期待して実施されてきたはずの総合学習の存在と、どのように折り合いをつけるつもりなのかと、問い詰めてみたくなります。
教育勅語について教えるなら、きちんとした説明付きで教えれば良い事であり、それだけでは必ずしも教育勅語の全肯定ということにはなりません。
きちんと教えた上で、その内容のどういう部分が現代になじまないのか、逆に現代にも通じるようなものとして何が書かれているのか、そういう議論をすることが最も健全なあり方ではないかと思います。
だけど左翼の人たちは、教育勅語に正面から取り組むことなしに、これを教条的に否定することしか考えません。ここに思想的態度の貧しさのようなものを感じてしまいます。
掲載に反対している左翼の人たちは、教育勅語をきちんと読んで批判している者などいないのではないかと思います。
頭から「否定すべきだ」ということだけを教えられてきて、具体的に「何を否定すべきか」という内容を知らないのではないでしょうか。
だから子供達を相手に、教育勅語に正面から取り組むことを恐れ、回避しようとしているのではないでしょうか。これが彼らの「思想的態度の貧しさ」というものだと思います。
と述べています。
左翼の人たちは、教育勅語を「天皇制国家主義教育を支えたもの」と認識し、内容を改めることなく、頭から否定しています。
特に日本共産党機関紙「しんぶん赤旗」では、教育勅語を、
「絶対主義的天皇制のもとでの教育の基本原理をしめしたもの。徳目をかかげ、天皇への無限の奉仕、とくに「一旦緩急あるときは義勇公に奉ずる」(いざというときには天皇に命をささげなさい)ことを最大の道徳とし、戦時の忠誠を強制しました」
と見なしています。
しかし、教育勅語のひとつひとつの文章を
仔細に検討するなら、こんにちの日本人が見失った徳目も充分に盛り込まれているのではないでしょうか。
神名女史は、
「教育勅語は、親孝行や兄弟の友愛、夫婦の和、友だち同士の信頼、謙遜などもうたっている。せっかくの徳目も戦前の軍国主義の装いをまとったままでは子どもが学ぶのになじまない」
としばしば批判されますが、このあたりが「読まずに批判している」証拠だと思います。
教育勅語は、1890年(明治23)に制定されました。
日本はその後に大正デモクラシーなどを経て、昭和に入って軍国化して行くわけです。ですから明治23年の教育勅語が「戦前の軍国主義の装い」をまとっているというのは、どう考えてもおかしいのです。
「その後に日本が軍国化したからだ」というのなら、同じ理由で「戦前の大正デモクラシーの装い」をまとっているとも言えてしまうわけですね。
表記を読みやすく変えておきますが、
「なんじ臣民、父母に孝に、兄弟に友に夫婦相和し、朋友相信じ、恭倹己れを持し、博愛衆に及ぼし、学を修め、業を習ひ、以って智能を啓発し、徳器を成就し、進て公益を広め、世務を開き、常に国憲を重し、国法にしたがい」
ここまでは現代でも問題ないわけです。
これは、一人前の社会人として身につけるべきことが列挙されているに過ぎません。そしてそれは今も昔も、公教育の目的であることに違いはありません。
そのすぐ後に、
「一旦緩急あれば義勇公に奉し、以って天壌無窮の皇運を扶翼すべし」
とあって、徴兵制もなくなった現代ではこれは少し変えても良いかと思います。
しかしこれも時代背景を考えれば、これは日本に独特のものでも、まして天皇制も軍国主義とも不可分な関係にないことは、すぐにわかります。
「皇運」というのはこの場合「国運」と言い換えても同じことですね。
この教育勅語よりも後に日本海海戦で「皇国の興廃この一戦にあり」というのがありましたけど、これも同じことで、仮に「皇国」を「日本」や「わが国」に置き換えたとしても事情は全く変わりません。
この時代は先進国の中で徴兵制のない国の方が珍しかったわけで、どこの国でも「一旦緩急あれば義勇公に奉し」は当たり前のことだったからです。いわば当時の「グローバルスタンダード」だったのです。
左翼の人たちが、これを理解できないのは、彼らが「戦前」=「軍国主義」=「悪」という単純な図式があることと、天皇(制)が諸悪の根源だという先入観があるからです。
と述べています。
「親孝行せよ、兄弟は仲良くせよ、夫婦は相和せよ、友達を信じよ」などは、洋の東西を問わず、世界中どこに行っても通用する徳目です。
「一旦緩急あれば義勇公に奉し、以って天壌無窮の皇運を扶翼すべし」の部分は、左翼では、天皇への無限奉仕と解釈されていますが、「皇運」とは「国運」のことです。
今でこそ、平和な時代ですが、戦争があれば、国民は何らかの形で国のために尽くすことが必要であり、そうしないと国家そのものが滅びることがありました。
そういう過去の歴史があればこそ、平和な時代において、わたしたち個々人が国家に対して何ができるか考えることも、必要なのではないでしょうか。
教育勅語を頭から否定するのではなく、戦争になればいやおうなく国民が国家に尽くさなければならなかった過去の歴史を踏まえて、平和な時代をいかに維持するか、なども考えるべきなのではないでしょうか。
これらの徳目は、わたしたちの精神のバックボーンになってきた過去もあったのではないでしょうか。
わたしたちは、先祖伝来のダイヤモンドに「敗戦」という泥がついたからといって、洗えば落ちるものを、高価なダイヤモンドを惜しげもなく捨てるに等しい、軽率なことをしているのではないでしょうか。