(11)慰安婦は靖国神社に合祀されるべきか

(11)慰安婦は靖国神社に合祀されるべきか

 

 あの戦争は、「アジアへの侵略戦争だった」という見方もありますが、物事には何でも、裏と表があります。

日本人が一致団結して戦い、それぞれ努力することで、近代化がいっそう進んだという側面もあります。それぞれの立場の人が、自分なりに愛国心を発揮し、さらに機会に乗じて財産を残そうとする人もいました。

「軍国主義」は官憲が人々に押し付けた価値観だというだけではなく、人々が自ら、勇気を出して、それぞれの戦争を戦ったという面もあるのです。

福田利子氏は、著書の中で

 

慰安婦を希望した花魁たちはみな、「兵隊さんと一緒に死ぬ」ということを本気で思っていたのだそうです。前線に行くからには、みんな帰ってくるなんて思わなかったのですね。

外地に行った慰安婦のうち、何割かは(相当な数だと思うのですが)ほんとうに、兵隊さんと一緒に亡くなりました。

この平和な世の中ではとても考えられないことですが、弾丸が飛んできたり、今そこにいた兵隊さんが何分後かにはもう、弾に当たって死んでしまうようなところで、汗まみれ、泥まみれの兵隊さんを仮設の小屋の中で慰めていたのですから、とても人間のすることと思えません。

戦場の兵隊さんにすれば、女の人と身体を接しているときくらい、人間らしい感じのするときはなかったのではないでしょうか。慰安婦たちもまた、その気の毒な兵隊さんたちに精一杯優しくしたのだと思います。

「お国のために」という気持ちがそうさせたのでしょうし、また戦場でたたかっている兵隊さんに、心底惚れ込んだ慰安婦もいたことでしょう。

軍隊とともに戦場を移動してきた従軍慰安婦の数は、昭和12年から20年にかけて10万人近くいたはずだというんです。ですから、戦場で亡くなった人たちも、相当な数になるのではないでしょうか。でも、一般の戦死者に軍人遺族年金が支給されているのに、従軍慰安婦は名簿もないのだそうです。

 

と記しており、愛国心ゆえに慰安婦に志願した勇気ある花魁を称えております。

 人間には性の欲望があるもので、それがなければ人類は存在しません。ましてや、食料も乏しく、明日をも知れぬ命の兵士が、自然の欲望を満たすことを人道上の罪とするのは、偽善でもあります。

 そんな兵士に慰めを与えたいとした慰安婦も、これも日本人の姿の一つなのではないでしょうか。

 

 神名女史は、

最後に、「慰安婦」は合祀されるべきか否か、という点についてですが、私自身の意見をいえば、いわゆる「A級戦犯」とされた人達を合祀し続けるのなら、その資格はあると思います。

それだけでなく、原爆も含めた本土空襲によって死亡した人は、みんなその資格があると思う。

 

 というのは、いわゆる「A級戦犯」として処刑された人達は「法難死」とされているわけですね。

 乱暴にいってしまえば、「戦死」ではないけれども、連合軍に殺されたという点では同じです。

 「A級戦犯」とされた人達の中には文官もいますし、「戦死」にはなりません。

 

 しかしそれなら、同じく非戦闘員である、本土空襲による戦没者も同じだと思います。そういう人達も、「慰安婦」も全部合祀したらどうか、という気持ちが私にはあります。

 

 なぜなら、第二次大戦というのは、すでに総力戦になっていますから、軍人だけが「お国のために死んだ」とは言えないからです。

 下町の町工場で、戦闘機か何かの部品を下請けで作ってた人たちだって、戦争を支えていたわけです。

 実際、本土空襲で下町が標的になったのは、住宅地への空襲というより、下請工場が集まった地帯だからというのが理由だったようです。

 

 ちなみに、現在ではかなり様相が変わりましたけれども、私が子供のころはまだ、墨田区や江東区、葛飾区といった、東京で俗に「川向こう」と呼ばれる地域(都心部から見て「隅田川の向こう」という意味)には、繊維から鉄工所まで、様々な町工場が林立していました。

 『男はつらいよ』に出てくるタコ社長みたいな人がたくさんいた「下町工業地帯」だったわけです。

 

どなたかご存知の方がいたら追悼施設の方のスレで教えていただきたいのですが、正直にいえば、靖国神社にゆくか、千鳥ヶ淵にゆくかが、どういう基準で分けられているのか、なぜ「法難死」が靖国神社で、空襲による戦没者が千鳥ヶ淵なのか、そこがわかりません。

この点に、ちょっと「ねじれ」を感じてしまいます。

と述べています。

 下町は、町工場が多いところであり、軍需産業を支えていたので、中心的に爆撃されたといわれています。しかし、そこは、同時に、遊郭もあり、慰安婦さんをたくさん生み出した町でもありました。

 「従軍慰安婦」をどう考えるか、というのは、あの戦争をどう考えるかというのと同義でもあります。

 娼婦は蔑まれる立場の人であり、兵士は使い捨ての駒のようにばたばたと倒れていった存在でもありました。しかし、どんな立場の人であっても、日本という国のために一丸となって戦ってきたというのは、いわば、栄光の歴史でもあります。

 死者をたたえることは生きている人間の義務でもあるのです。


  • なぜ「従軍慰安婦」は問題になるのか(続)
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