

(9)娼妓さんへの蔑視を含んだ同情
2000年12月、東京の九段下で、「女性国際戦犯法廷」なる集会が開かれました。
法廷と言っても弁護士も検事もいないものでしたが、ここでは、「慰安婦」制度は女性に対する戦争犯罪であり、「人道に対する罪」となり、当時の(昭和)天皇を有罪とするものでした。
また、慰安婦は、多くが甘言・強圧などで拉致・誘拐されて強制連行され、相手を拒否もできず、行動の自由もなく、軍隊に強制売春をさせられている性奴隷であり、日本軍の被害者であると見なされていました。
しかし、現実には、日本軍が強制連行したのではなく、業者が女性の自由意志に基づいて募集したものであります。もちろん、中には悪質な業者が偽りの条件で女性を集めた事例もありますが、日本軍が関知したものではありません。
「女性国際戦犯法廷」では、慰安婦を「戦争被害者」としてみておりますが、自発的に志願した女性に対しては、どのような見方をするのでしょうか。一転して「日本軍に協力した売国奴」になってしまうのでしょうか。
神名女史は、
「『慰安婦の人たちが毎日多くの兵士を相手にしていて、若い女性ほど、性器がはれ上がる体験をした』などと伝えられ、彼女たちへの申し訳ない気持ちを感じる」と感想を述べる人がいます。
当時と現代とで女性の身体の構造が違うわけではありませんから、これは慰安婦に限った話ではなく、現代の売春でも同じことですよね。また、戦前の話に限ったとしても、これは戦時と平時とを問わない問題です。
日本軍は現地で人間を集めて外人部隊を編成して戦争していたわけではないのですから、戦争で男性が外地に行けば、男性相手の商売も外地に行く。それだけのことです。
戦争がなければ、内地で同じ仕事をしていたわけですから、「どこで」ということに違いはあっても、仕事の内容には違いはありません。
軍医が休業しろといっても(それが常識というものでしょうが)、当の女性の方が承知しない。なぜかというと、彼女達は稼ぎに来ているからです。
「従軍慰安婦」問題を「糾弾」の文脈で立ち上げた人達の主張に対して私が感じるのは、水商売の女性に対する強い蔑視観です。
そういう文脈では、水商売の女性は「被害者」として扱われるか、もし自分から進んでやっているとしたら道徳心の欠如した女性であるかのようにみなされてしまう。
特に「従軍慰安婦問題」では、最初から糾弾が目的ですから、前者の文脈に沿う証言をする女性たちしか連れてきませんし、その結果として、あたかも慰安婦が「被害者」だけで構成されていたかのような話になってしまう。
だけど、これはどう考えても事実ではあり得ません。こういう糾弾の文脈の中では、突然に「働く女性」のバイタリティというものが無視されてしまう。
特に、フェミニストがそういう形で「従軍慰安婦」問題を語るのは、とても矛盾しています。
しかしこの矛盾は、おそらくこれまで指摘されてきたことがなくて、なぜかというと、この矛盾が、水商売に対する蔑視という社会通念を利用しているからです。
しかも、この矛盾を犯す側に立つ人達自身が、おそらくは自分が水商売差別をしているという自覚がない。
念のためにお断りしておきますが、私はここで「商業に貴賎なし」というタテマエ的平等を主張したいわけではありません。
そうではなくて、自分を「正義」の側におく糾弾者が、無自覚の内に水商売蔑視を自明のこととして疑わないという、そのことを前提として「従軍慰安婦」問題が成立しているのだということを指摘しておきたいのです。
このことには、次のような反論があるかもしれません。
戦後の消費社会に育った女性はお金の為に躊躇いもなく水商売に入るけれども、戦前の女性はよんどころない事情があって泣く泣く水商売に入ったのだ、だから現代の水商売の女性と違って、戦前のそれは「被害者」扱いすることに妥当性がある、と。
この戦前と戦後の水商売についての通念は、政治的立場の左右を問わず、現在広く持たれているかもしれません。
保守派は保守派で、昔は女性の貞操概念も強固でしっかりしていたから、自分から進んで水商売に入る女性などいたはずがない、と考えるかもしれません。
だけど、この思い込みも間違いなのです。もちろん本当に「しかたなく」という理由で水商売に入った女性もいたでしょうが、自分から進んで水商売に入ったとしても、戦前にはそんなことを正直にいう女性は、まず存在しません。
何が言いたいのかというと、いわゆる「従軍慰安婦」問題は、軍隊に対する偏見と、水商売に対する偏見との、結合の産物だということです。
前者を指摘する保守論客は多いけれども、後者は誰も指摘しそうにないので、私が書いておきます。
糾弾の立場で「従軍慰安婦」問題にふれた言説の中では、慰安婦は貧乏で(貧しかったから身売りせざるを得なかった)、馬鹿で(騙された)、主体性もないものとされ、ひたすら理想理念としての「被害者」像に近づくように仕立てられてゆく。
しかし私には、このような売春婦に対する徹底した蔑視を前提として成立する同情に、どんな「正義」も存在するとは思えないのです。まして、それが「他者への適度な関心と配慮」だとも思えない。「理解」はしないけど「同情」はする、というのでは浮かばれません。
実態を知れば知るほど、そこに浮かび上がってくるのは、現在の水商売の女性と同じ姿です。
主体性と、したたかさと、バイタリティと、もちろん仕事に伴う辛さもありますけれども、「従軍慰安婦」言説からは、そういう当時の水商売の女性たちの「息吹」がまったく聞こえてこないのです。
それはどう考えても、まず先に国家の糾弾という目的があって、その目的にそぐわない事実が捨象され、目的に適うならば虚偽でも混ぜ込むといった、情報操作の産物でしかありえない。
そう考えなければ、戦中の「慰安所」にだけ、戦前とも戦後とも全く異なる「水商売の女性」が存在した(経営者が同じであるにも関わらず!)という話になってしまうからです。
しかし、韓国のような儒教の国では、「強制連行された」と言わないと、周囲が許さない文化風土であることは理解できます。
「自分から進んで売春に行きました」とは、なんて事実がどうあれ、言えるものではありません。
何かしら理由をつけて「自分の意思ではなかった」という必要がある。
しかし、これにはもう一つの意味があると思います。
軍が直接に慰安婦を募集したり、まして強制連行した事実はありません。しかし、女衒に騙されて慰安婦になったというケースはあったわけですから、もし日本国に何らかの責任があったとしたら、保護責任を怠ったということは言えるわけです。
これは内地と朝鮮や台湾を問わない問題で、いずれも日本の統治下にある以上、国家はそこに住む人々を保護する義務があります。
ですから、当時の日本の取り締まり不充分だったのではないか、といわれたら、これは他に責任の持って行きようのないことなのですね(取締りが「なかった」のではない)。
だけど、韓国でも、また「従軍慰安婦」問題にコミットする日本人も、これは絶対にいいません。なぜかというと、いま私が書いた「日本の責任」は、日本の、朝鮮や台湾に対する統治の正統性ということを前提にしているからです(そうでなければ、保護義務は生じません)。
だけど、こんな論法は、韓国の人たちも日本の左翼もよろこびませんね。あくまでも、日本の「侵略」ということを前提に糾弾しようとしているわけですから、このロジックも周囲(反日韓国人や日本左翼)が許さないわけです。
と述べて、従軍慰安婦を戦争犯罪の被害者とする人々の「商売女性への無意識の差別」を指摘した。
福田利子女史は「吉原はこんなところでございました」という本の中で、
戦線が日に日に拡大されつつあるころ、昭和16年ころだったでしょうか、吉原の花魁のうちの何人かが、従軍慰安婦として前線におもむきました。
(中略)花魁の中には、従軍慰安婦になると、年季がご破算になるので、それで応募した人もいれば、兵隊さんと行動を共にしたくて。前線行きを希望した人もいました。
あのときは必ずしも強制ではなくて、自分から希望して、兵隊さんについて行きたいといった花魁が多かったんですよ。花魁のお馴染みの中に、兵隊さんがいたのかもしれませんし、心に決めた人が戦地にいたのかもしれません。(中略)
と書いています。
慰安婦になった人は、韓国や中国だけではなく、日本人にも多くいました。
戦地に赴けば高収入が得られ、年季が消えることも魅力でしたし、愛国心ゆえに行動した人もいたということです。
戦争中は、男性がいないので女性の社会進出が進むと指摘されますが、遊郭の世界でも、戦線に赴く娼妓たちの待遇はそれまでよりも良くなり、年季が消えることや、女性への配当が増えることなどがありました。
たとえば、新島にも日本軍が駐屯しており、そこの慰安所に行くことを希望した吉原の花魁たちは、吉原始まって以来の高い配当の賃金を受け取ったとされています。
また吉原の娼妓のなかには、近くの工場で勤労奉仕する人もいるなど、多種多様でした。そこの部分だけ見ると、娼妓だった人が工場労働者になるのは、あたかも「廃娼運動が成功したように見えた」そうです。
戦争になれば、男性が戦地に駆り出される分だけ、女性の社会進出が進みます。娼妓たちも、工場労働者になったり、外地へ出たりなど、それまでと違った形態での仕事をするようになりました。
フェミニストたちが、こうした事実を踏まえることなく、社会進出しようとした娼妓たちを一方的に「戦争犯罪の被害者」とするのは、矛盾しているのです。