

(2)名乗り出た慰安婦
1989年に韓国で翻訳出版された吉田清治の「私の戦争犯罪」は大きな波紋を呼びました。
当時、韓国で挺身隊について調べていた尹貞玉女史は、吉田証言を信じ込み、挺身隊問題対策協議会を興しました。
「女子挺身隊制度」とは、1943年(昭和18)9月に、男性が戦地に行ったあとに不足する労働力を、女性の力で埋め合わせるために、未婚の女子学生を工場で働かせる制度であり、性的な行為をする「慰安婦」とは何の関係も無いものでした。
しかし、韓国では、現代史を調べるに当たって、当事者に面接して実証的に証言を聞きだす風潮が無く、吉田清治が書いた本をそのまま鵜呑みにすることが多かったといいます。
吉田証言が流布されるまでは、韓国では、「慰安婦は朝鮮人の女衒にだまされて慰安所で働かされた」と認識する人が多かったのですが、吉田証言はそれを塗り替えたものでした。
韓国は当時、急速な経済高度成長を向かえ、男女平等の概念も入ってきて、それまでの男尊女卑が揺らぎ、フェミニズムの流れが高まっている時だったのです。
やがて、彼らは吉田証言を裏付けるべく、証言となる「慰安婦」を探し出しました。
1991年8月11日付け朝日新聞は、「思い出すと今も涙」「元朝鮮人従軍慰安婦 戦後半世紀重い口開く」とのタイトルで、「日中戦争や第二次大戦の際、女子挺身隊の戦場に連行され,日本軍人相手に売春行為を強いられた朝鮮人従軍慰安婦のうち、一人が」名乗り出たと報じました。
最初に慰安婦だと名乗り出た女性は、金学順さんという女性でした。
金学順さんは、8月14日の記者会見で
「生活苦から14歳の時に平壌のあるキーセン検番(日本でいう置屋)に売られていった。三年間の検番生活を終えて初めての就職だと思って、検番の義父に連れていかれた所が、華北の日本軍300名余りがいる部隊の前だったことも判明した」と語りました。
これは、日本国内でも頻繁に見られた、貧困家庭の子女の「身売り」であり、国家による組織的な強制連行とは関係ないことでした。
朝日新聞の見出しになった「女子挺身隊」とは、未婚の若い女性を工場に勤労奉仕させたものであり、慰安婦とは何の関係もありませんでした。
また、「女子挺身隊制度」は、1943年(昭和18)9月に、男性が戦地に行ったあとに不足する労働力を、女性の力で埋め合わせるために閣議決定されたもので、金学順さんが17歳であった昭和14年には存在していない制度だったのです。
金学順さんの証言は、時間が経つと共に少しずつ微妙に変わっていき、1997年には
「17歳の時、日本の軍人に「殺す」と脅されて連行され、最前線で一日何十人もの軍人の相手をさせられました」となっていきました。
女装家で哲学者の神名女史は
http://www.netlaputa.ne.jp/~eonw/
名乗り出た慰安婦の中の、李容洙さんという女性の証言の移り変わりについて
李容洙(イ・ヨンス)という人物は以前にも取り上げたことがあります。
2002年6月26日付けの日本共産党機関紙「赤旗」で紹介されたプロフィールによれば、彼女は1942年(14歳の時)に慰安婦にさせられたことになっている。
ところが、2005年10月22日に三重県で行なった講演(旧日本軍性奴隷問題の解決を求める全国同時集会)では、1944年、16歳の時に「軍服みたいな服を着た男」に連行され、その後、連れて行かれた先の台湾で、日本軍「慰安婦」としての生活を3年間強制されたといっている。
慰安婦にされた時期が、証言によって異なっていることがわかるだろう。しかも1944年から3年間といえば、その途中の1945年で日本は敗戦を迎え、台湾は独立しているのである。
日本軍が存在しなくなったのに、どうして日本軍「慰安婦」としての生活を続けることが出来るだろうか。
と述べています。
李容洙(イ・ヨンス)氏が、2007年に来日した際、2月22日付けの埼玉新聞は、「李さんは韓国・大邱(テグ)出身。十六歳の時に台湾に連行され、一九四五年から旧日本海軍の特攻基地で軍人の相手を強要されたという」との略歴を紹介しました。1945年は敗戦の年であり、ここにも証言の矛盾があります。
これらの証言の矛盾はすぐにわかることであり、「おかしいではないか」と声が上がりました。
それに対して、「強制連行はあった」とする吉見義明氏は、日本軍の官憲による辞書的な意味での強制連行を「狭義の強制連行」とし、もっと曖昧な形態による連行(例えば、本人の選択に見えても、借金で仕方なく慰安婦になった、または看護、炊事、工場勤務と騙して連れて行くこと)を「広義の強制連行」として、「日本軍が主体となって、女性を集めて強制連行した事実は無かったが『広義の強制連行』はあった」と主張しました。
たとえ「広義」であっても、「強制連行はあった」としたことで、日本・韓国の活動家は
「従軍慰安婦問題は強制連行であり、日本の戦争犯罪だ。女性に対する人道上の罪だ」と断罪する動きが出てきました。
名乗り出た元慰安婦たちは戦争の被害者であり、男性支配の象徴として、各地で講演をしたり、マスコミの主人公となっていきました。